イケダです。
業界の中にいるといつまでたっても永遠の若手ポジションですが、
20年ほどいるとそれなりの数の思い出があります。
アオリイカの産卵は、伊豆の初夏の風物詩ですが、
これを見ると思い出すお客様がいます。
そのお客様はすでに他界しています。
僕が独立した当初、本当に貧乏だった頃に、遠方から足繁く通ってくださって、
すごい量のお米とか野菜とか「いっぱい貰いすぎて食べ切れないから」って送ってくれたり、
生まれたばかりの息子のために、おもちゃを買ってきてくれたり、
悪い意味で調子に乗ってる僕を人として本気で叱ってくれたり、
僕は勝手にその人のことを人生の恩人だと思っています。
最初はご家族4人でお越しいただいていて、
そのうちお子様たちが学業や部活で忙しくなると、
お一人でお越しでとりわけ写真撮影を楽しんでおられました。
初夏の風物詩アオリイカは、あの人が好きな被写体でした。
今年は2年ぶりに大爆発の大乱舞でした。
最期の力を振り絞り、相手を見つけ、敵と戦い、産卵をします。
キタマクラに生きたままかじられて、ヒレがボロボロの個体もいます。
産卵床にはいまかいまかと、ウツボが待ち構えていたりします。
イカの一生はたった1年ほど。産卵が終わるとイカは短い一生を終え、全てを子供に託します。
儚くて、美しく、そして子に託す強い意志。
それが毎年見ても全く飽きないこの光景の魅力だと思っています。
あの方が亡くなってから、ご家族とも疎遠になってしまいましたが、
先日その娘さんが潜りにお越しくださいました。
最初に会った時は小学5年生でしたが、すでに社会人4年目。
素敵な女性になっていました。びっくりしました。
僕はどうしても彼女に、このイカの最期の姿を見せたかった。
数年ぶりの海。
彼女は最初だけ不安そうでしたが、相当お父さんに鍛えられていたので、すぐに体が思い出したらしく、気持ち良さそうにあたりを泳いでいました。
ポイントに着くとここ数日では最多の大乱舞を前に
「お父さんとこういう時間を過ごしてたんです」と伝えました。
本当にあの人がそこにいて、一緒に潜っている気分でした。
一気にあの頃に引き戻されました。
産卵床に寄せては返し、いつ終わるともなくイカたちは没頭します。
ずっとそれに見惚れるまま時間が過ぎて行きます。
僕はそんなことを思い出していました。
潜り終わって、駅にお送りする途中、
彼女は「来てよかったです」と号泣しました。
お父さんが亡くなったあと、伊豆に来づらかったと思うのですが、
来てくれて本当に嬉しかったです。
僕がこの世界に飛び込んで今年で20年。
ようやく人の気持ちを背負って潜ることが、少しだけでき始めた気がします。