「伊豆に巡り合わせを感じました」

伊豆のLAUGHIN’ダイビングスクールの校舎が伊豆にある背景、創業ストーリー、海への想いを紹介します。

今の場所に落ち着くまでに
こんなストーリーとご縁がありました・・・・。

アメリカ第七艦隊空母”タイコンデロガ(*1)”は、
第二次大戦中にレイテ沖海戦など、
フィリピンや台湾、沖縄の周辺海域で活動した後、

戦艦ミズーリと共に日本の降伏文書調印式に
立ち会うために東京湾に入りました。

(Uss Ticonderoga CV-14)

その乗組員、ベン・F・ハートレーは
長年の戦争、閉じ込められた艦内で心身共に疲弊していました。

占領下の日本での任務での中、
小料理屋に勤める日本人女性、
八重と恋に落ちるのに時間はかからなかったと聞きます。

(US NAVY時代のBEN)

*1:タイコンデロガは、ネイティブアメリカンの言葉で「2つの水に挟まれた場所」という意味。(駿河湾と相模湾に挟まれているという意味で)勝手に「伊豆だ!」とシンクロニシティを感じています。

(八重とBEN)

八重の故郷である伊豆を訪れ
その野山や海の美しさ、人の温かさに感激し、
退役しここで暮らすことに決めたそうです。

二人は当時福生や立川に建設されていた
通称米軍ハウスの建築資材を取り寄せ、
今の伊東市池地区に居を構え
2002年82歳で亡くなるまで暮らしていました。

(伊東市池地区にあったBen F Hertley宅。この物件を移築しました。)

空き家になったその米軍ハウスを偶然イケダが見つけ、
ラフィンダイビングスクールの校舎として生まれ変わらせる・・・

(戦争中の新聞より)


・・・という設定で(設定かよ笑)
気鋭のログビルダーLEAF代表・吉井詠治氏に移築を依頼し
2011年11月26日に大室山の麓に爆誕しました。
(作られていくの、本当に楽しかったなぁ)

うちのマスコットはタコがモチーフ。

このパッチデザインは
USSタイコンデロガの僚友艦
デニス・バックリーの当時のものを見つけて
パクりオマージュしました。

実物は今でも米軍のパッチを制作している
沖縄市のタイガーエンブさんに作ってもらっています。

あんまりダイビング関係ない話でしたね。
すみません。

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